忘れもしない2019年1月17日、私はいつものようにyoutubeで音楽を聞きながらパソコン作業をしていました。
そして出会ってしまったのです、ディマシュ クダイベルゲンに。
1曲聴いただけで心臓を打ち抜かれてしまいました!
必要最低限の家事と仕事の他は、文字通り寝食を忘れて検索し続けました。その当時の日本にはdearsがまだ少なく、ディマシュに関する日本語の情報はほとんどありませんでした。
英語でさえ苦手の私、カザフ語もロシア語もわかるはずもない。それでもグーグル翻訳などでなんとか類推して探り続けました。
その当時の様子をこのブログの過去記事に書いてあります。
運命の出会い
60年以上生きて、アーティストにこんなに心を奪われたことなんかありませんでした。
そしてその後の私は信じられないくらいに変わりました。まさにディマシュとの出会いが私の人生を変えました。
「さんきゅー」と「はろー」しか言えないのに、たったひとりでカザフスタンのディマシュのコンサートに行った。
カザフスタンや中央アジアのこと、イスラム教のことなど勉強しはじめた。
死んでも勉強することはないだろうというほど嫌いだった英会話の勉強。でも、またディマシュのコンサートに行くためには勉強が必要と、オンライン英会話で勉強し始めた。
還暦すぎの頭は固くなっていて、なかなか上達せず、まだ幼稚園児くらいしか話せないし聞き取れないけど(涙)
ディマシュのカザフスタンという祖国への愛情を見て、もっと日本という国を愛さなければいけないと気がついた。
カザフスタンという国を知ったことで、日本という国はどれほど恵まれていて、しあわせな国なのかわかったのです。
世界史上「日本」という名前が一度も変わることなく、他国に支配されることもなく、天皇を中心に平和に暮らしている国はどこにもないのです。
私たちは小さいころの教育で、「日本は戦争を起こして他国に大迷惑をかけた国」という悪い感情がしみついているということに気がついたのです。
でもそれは、戦勝国が日本という国が二度と強くならないようにするために仕込んだことだったのだということが暴露されました。
いろいろな事件もでっちあげだった、ということも近年の研究で明らかになってきたのでした。
日本て本当にいい国です。日本の外へ出てみてはじめてわかります。
ヌルスルタンのコンサートには、世界中からdearsが集まっていました。
インスタでの交流もそうですが、いやでも世界のことに目が行くようになりました。
コンサートに行ったついでにヌルスルタン市内の見学もしました。ディマシュの母校カザフ国立芸術大学にも行きました。
ディマシュ専用の部屋も見せてもらいました。この日、香港dearとも一緒に見学しました。帰りの飛行機も北京まで一緒でした。
日本に帰国してすぐ、香港は中共による弾圧がひどくなっていきました。
それまでは、ニュースでなんとなく聞いていただけでしたが、知っている人が住んでいる街があんな目にあっていると思うと心が痛みました。
それから中共のことをイヤでも注視しなければいけなくなりました。
その後のコロナウイルス。
アメリカ大統領選挙への不正介入。
まさか、世界平和や政治に興味を持つとは思いませんでした。
ディマシュの活動も、コロナウイルスのパンでミックで、ツアーは延期したまま。私が行くはずだったプラハのコンサートも、開催できるという知らせはまだありません。
アーティストは、世界が平和でないと活動できないのです。
時の権力者に逆らうアーティストは活動の場を失う。
そういう運命を背負いながらも懸命に歌っているのです。
この記念すべき2周年の日を、初のデジタルコンサートを見ながら迎えられたことは本当にありがたいことです。
すばらしいコンサートでした。コンサートの感想は、また別の記事にします。
ディマシュの歌は私に心の平和をもたらしてくれます。
癒しです。
希望です。
世界が平和でありますように!
ディマシュがますます活躍できますように!
ディマシュに出会った日に聞いた 疲れた白鳥の愛 です