2019年のカザフスタンでのディマシュのソロコンサートARNAU12 ヌルスルタンの住宅街とガイドさんから聞いたカザフスタンの習慣

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2019年のカザフスタンでのディマシュのソロコンサートARNAU12 ヌルスルタンの住宅街とガイドさんから聞いたカザフスタンの習慣

私は海外旅行に行ったら、必ずその街の普通の住宅街や、庶民が行くスーパーとか市場を見るようにしています。

観光地ももちろんステキなのだけど、その国の庶民の暮らしを垣間見る方が断然たのしいのです。

日本だったら、観光地の銀座とか表参道ってやはりよそ行きの顔ですよね。それはそれで素晴らしいのだけど、外国人旅行者って浅草に行きたいとか、居酒屋へ行ってみたいとか言いますよね? それと同じ。

その街のメインストリートはもちろんステキだけど、絶対に下町も見てみたいのです。

今回、日本からカザフスタンまでの往復は一人でしたが、ヌルスルタンではツアーのみなさんとご一緒させていただきました。ツアーでもけっこう自由時間が多かったので、私は一人でホテルの周りなどを散歩しました。

・ ヌルスルタンの街並み

・ ヌルスルタンの公園など

ヌルスルタンは、人が少なくて、道路や敷地賀広くて清潔で、危険などは全く感じませんでした。

貧富の差があるから、アクセサリーとかじゃらじゃら付けない方がいいよ、と言う話も聞いていたのですが、まったくそんなことは感じませんでした。多分、貧民街とか、夜の街へは行かなかったということもあるとは思います。

2019年のカザフスタンでのディマシュのソロコンサートARNAU12 ヌルスルタンの住宅街とガイドさんから聞いたカザフスタンの習慣

 

ヌルスルタンの住宅街を見に行けたのは、最終日でした。

この日の帰国の飛行機は、ヌルスルタンを夜の10時半に出発予定でした。ホテルは14時までにチェックアウトすればよいことになっていました。

この日ももちろんフリーでした。それまで時間があるからまだ街を見れる! と出かけてみたのです。

帰りの飛行機の時間が遅かったおかげで、どうやらその時間をゲットできました。

ホテルで朝ごはんを食べて、さっそく徒歩でお散歩に出ました。当然ひとりです(笑)

ホテルの朝食

出かける前に腹ごしらえ。

私たちはヒルトンガーデンイン というホテルに宿泊しました。

このホテルの朝食はビュッフェスタイルで、おいしかった ♪

毎日、どこかしら並んでいるお料理が違い、飽きませんでした。

街中のレストランでは豚肉は出ませんでした。イスラム教の国なので当然です。

しかし、このホテルは宿泊客がほとんど外人のせいか、ベーコンもありました。

毎日、朝からおなかいっぱいで幸せでした。

 

ヌルスルタンの住宅地

さぁ、一人のお散歩にはりきって出発 (#^.^#)

ホテルのすぐ裏手は、アスタナオペラでした。

ディマシュがカザフ国立芸術大学時代に、アスタナオペラの歌手になるようにスカウトされ、学長先生からも説得されたけど、行かなかったあのアスタナオペラです。

もともとは遊牧民族のカザフ人。
馬は切っても切れないパートナーだったのでしょう。馬の彫刻はあちこちで見かけました。

ここもあまり人影がありません。

ここはその近くのショッピングセンター。カザフスタンでは冬季の気温が低いので、いわゆる路面店というのはあまりないそうです。このようなショッピングセンター内にお店を構えているみたいです。何しろ-30度以下にもなることがあるそうですから。

ちらっと中を見たけど、日本のショッピングセンターと同じような感じでした。

そのショッピングセンター近くの公園には、こんな怪獣の遊具がありました。

そして、大きな道路をわたっていよいよ住宅街へ行こうとしました。

ところがこの信号機、どうしたら青に変わるのかわかりません。

どこを押すの?
ボタンがないじゃん???

と、うろうろしていたら、通りがかった人が黒いラインのところを押して通り過ぎました。どうやら私のために押してくれたらしいです。でも、ニコリとするでもなく、話かけるでもなく、そのまま通りすぎてしましました。

私の着物リメイクの服を見て、現地のカザフ人ではないと思ったのでしょう。この国の人はまだ観光客に慣れていなくて、愛想がよいとはいえないけど、基本は親切なのだと思いました。

この交差点、人がパラパラといますが、けして郊外ではありません。ヌルスルタンの中心地近くです。それでもこんなに人がまばらです。本当に国土が広くて人口密度が低いです。

さて、この大きな道路から1本裏の道路です。

日本で言ったら、青山の通りから1本入った裏原宿かな。

道路が広い、家が大きい、敷地が広い! 東京なら都内の住宅地は、隣の家とくっついているのが普通なのに、全部広々としています。ステキなおうちがたくさんありました。

 

この庭木は松!

これは何の実でしょう?

ディマシュは、中国でブレイクして初めて入った大金で両親におうちを買ってあげたという噂です。

このコロナウイルスのロックダウン中、ディマシュがインスタにアップしていたおうちの様子がステキでした。お庭が広かったΣ(・□・;) おうちの中の様子はそれほどアップされていなかったけど、弟のマンスールとゲームをしている部屋がすごかった!

ディマシュの家は、このヌルスルタンの郊外でしょうか? それにしても、最初に入った大金で家族におうちを買うって、日本の若者にいるでしょうか?

これは住宅地の中の保育園かな?

こちらは、はじめてみつけた路面店。
コンビニ? コンビニというよりは昔の雑貨屋さんという感じ。必要最低限の食べ物とか調味料とか雑貨とかおいてありました。

また大きな道路に戻りました。
すると tokyo  の文字があるビル。これは何の会社なのかな?

また少し歩いて、別のショッピングセンターへお土産を探しに行きました。
ここにはスーパーマーケットが入っているので、そこを見学して何か買ってこようと思います。

スーパーの中の様子と買ったものは、また日を改めて!

カザフスタンの家庭の考え方

ヌルスルタン2日目の夜に、高層ビルにあるレストランへ連れて行ってもらいました。

近くの大きなテーブルは、女子会をしていました。日本の女子会とは大違いで、一族の女性が子どもからおばあちゃんまで集まった感じで、20人以上いたでしょうか?

そのうち全員で歌を歌い始めました。ガイドさんによると「 おばあちゃんをたたえる歌です。」 ということです。

ガイドさんは英語で話します。私のために、時々いっしょに行った人達が日本語に訳してくださいました。英語がわからないと、何をしてもどこへ行っても苦労します(涙)

カザフスタンでは親戚が集まって、おじいちゃんをたたえる歌とか、お父さんをたたえる歌とか、お母さんをたたえる歌とか、兄弟の歌とか、いろいろ歌うのだそうです。

そして、カザフスタンの人たちは客人を最大限にもてなすのが礼儀と心得ていて、とにかく食べきれないお料理を出して、長い時間もてなすのがよいとされているそうです。

カザフスタンはもともと遊牧民の国、客人はもしかしたら、もう2度と会う事ができない環境にあったのかもしれませんね。だから、最大限におもてなしをするという習慣が生まれたのではないかと推測しました。

私が小学生の低学年のころまで(50年くらい前)秋田県では結婚式や葬式を自宅で行いました。そのテーブルの女子会を見ていたら、そんな自分の子どもの時のことを思い出しました。

そのころまでは、日本でも長男や長女が家に残り、親の面倒を見るのがあたりまえ。年寄は大事にされて、最後まで家でみとるのが当たり前とされていました。自分の親を老人ホームへ入れるなんて、まともな人間がする事ではないと思われていました。

カザフスタンでは、今でも老人ホームに行く人は子どもや身寄りがない人だけだそうです。普通の家庭でお年寄りを老人ホームへ入れたら「人でなし! 」と思われるそうです。なんか、古き良き日本の明治時代の考え方が、ここカザフスタンでは残っているような気がしました。

今、日本では結婚式も葬式も式場で行うのが一般的。親も寝たきりになったり、下の世話が必要になったら、老人ホームなどの介護施設に行ってもらうのが当たり前になりました。多分、私も母がそうなったら施設に行ってもらうでしょう。両足が人工股関節でがん患者の私が、一人で母を看取ることなんてできないからです。ずいぶんドライな考えになりました。

カザフスタンは、旧ソビエトから独立してまだ20数年。もっと西洋化が進めば日本のようなドライな考え方になるのかもしれません。

それと、カザフスタンは国民のほとんどがイスラム教徒なので、宗教による考え方が根底で日本とは違うのかもしれません。

ガイドさんに
「異教徒同士で結婚は許されるの?」と聞いたら、
「若い人たちは宗教が違っても結婚していて、特に問題はないようです。」ということでした。

イスラム教でも、カザフスタンでは戒律がゆるくて、時間が来たら地面にひざまずいてお祈りしている姿などは、私たちは見ませんでした。

ディマシュ(今回の旅の目的は、ディマシュのコンサートに行くために)も以前インタビューで、
「 どんな女性と結婚したいですか? 」 と聞かれて、
「 両親や、祖父母と一緒に暮らしてくれる人 」と答えていました。

日本じゃ考えられません Σ(・□・;)
ほんとに礼儀正しく、古風な 大スター です!!

そして、結婚して最初に生まれた子どもは、祖父母に育ててもらうという風習があるのだそうです。「子供を返す。」という意味らしいです。

ディマシュも自分の祖父母の育てられ、「パパ・ママ」と呼んでいたそうです。本当の両親は、名前で呼んでいたそうです。

以前ディマシュのインタビューでそういう話を聞いた時、ディマシュが特別なのかな? と思いましたが、カザフスタンではそういう風習があるのですね。これも、両親と同居するという習慣がまだ残っているからできる事なのでしょうか?

今後、ディマシュが結婚して子どもが生まれたとしたら、両親のカナトとスベトラーナが育てるのでしょうか?

それにしても、欧米の考えがしみ込んだお嬢さんでは、ディマシュのお嫁さんは務まらないわ Σ(・□・;)
やっぱり古風なカザフガールが選ばれるのでしょうか???

 

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